第20回岡本太郎現代芸術賞展③

okamoto (1 - 1)-34先日に引き続き、現在開催中の「第20回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」展に行った時の紹介となります。

今回はちょっと引っ張り感がありますが、ギックリからまだ復活出来ていないので少し楽をさせて頂こうかと…(苦)。

okamoto (1 - 1)-17今回紹介するのは「岡本敏子賞」を受賞した井原宏蕗氏の作品「cycling」です。

作者のオフィシャルサイトがありましたので紹介させて頂きますね。

http://koroihara.com/

okamoto (1 - 1)-14 パッと見は彫刻っぽい動物が何体か飾ってあるようにしか見えないのですが、

okamoto (1 - 1)-15 実はこの作品、それぞれの動物の排泄物(ふん!)で出来ていて、ふんを漆でコーティングして接着し、元の動物の形に原寸大で復元すると言う手法で制作されています。「ふ、ふんかよ!」と心の中で叫んだのは多分私だけでは無いと思います(笑)。

ちなみに作品からはふんの臭いなどは全くせず、また見た目も艶々と黒光りして綺麗なので、この作品を見ただけではその意図する所は判らなかったと思います。いやー、凄いです。一粒一粒の芯までは漆も浸透していないでしょうから、搬入の際にはかなり大変だったのでは…と要らぬ心配をしてしまいます(実はどの作品を見ても何故かこの心配をしてしまうのでして…)。

okamoto (1 - 1)-18 うっかりしていると見落としてしまうのですが、少し外れた所にはウサギなんかも居たりします。勿論ですがこれもウサギのふんで出来ていて、やはりと言うか他の動物に比べて粒が小さいです。

okamoto (1 - 1)-19そしてこっちにはネズミも!(小さいのでうっかり見逃す所でした…)。

作者の言葉としては、「生き物の生きた痕跡を作品化する、排泄は生き物にとって切り離せない行為である。排泄物は汚く臭く、目を背けたくなるが、それは生き物が生きた証を生々しく表している。”cycling”と言う連作は、そんな動物の「糞」をそれぞれの排泄元の身体に戻すように「漆」でコーティングし接着した作品である。「漆」も木という生物の体内で生成されるが、高級で恒久的な素材と言う点で「糞」とは対極に位置する。「糞」という捨てられる素材を「漆」という高級素材で覆い、「排泄」という一過性の行為を時を超えた存在にした」との事です。

ちなみに冊子には「ハト」の画像もあったのでもしかしたらどこか上の方に展示されていたのかも知れません。うーん、それも見たかったなぁ、と。

okamoto (1 - 1)-20 そしてこちらは加藤真史氏の作品、「Vacancy」です。

賞は逃していますが実は私的に一番気に入った作品で、毎回この企画展では最後に「今回の中でどの作品が一番良かったか」と言う投票があるのですが、私はこちらに一票を入れさせて頂きました。

okamoto (1 - 1)-21 作者の言葉としては、「現在、「風景」はイメージと不可分である。たとえばイヤフォンをつけて歩くと視界は投票動画のように見えたり、月面など行ったことの無い場所を私はイメージとして知ったいたりする。つまり風景はフィクションのように自然と人工物が混交している。自然と人工物の境界は曖昧だが、少なくとも都市で生きる者にとって最も身近な自然は身体である(動かし続ければ眠くなるし、酷使すれば傷んでくる)。風景と身体的実感をリンクすれば、自分に引き寄せることができるのではないか。私はそれを試みている。」との事です。

okamoto (1 - 1)-22一枚一枚の絵は隣と綺麗につながっている訳では無いのでとてもアナログ的なのですが、中に入って周りを見渡すと自分の目で見ているというよりかは仮想現実の世界に入ったような錯覚を起こし、自分の目がカメラのレンズになったような感じが面白かったです。詳しい手法は判りませんが、実際写真を見ながら描いているのかも知れませんね。

okamoto (1 - 1)-26他には、北京生まれで東京育ちの奥村彰一氏の作品「おてんば納涼図」や、

http://oolongcha1206.wixsite.com/okumura-shoichi

okamoto (1 - 1)-25繪畑 彩子さんの作品「人生はひまつぶし」など、会場全体で見ると少々目立ち難いのですが、ジワりと来る物もあって中々面白かったです。

https://www.ayako-ebata.com/

あと一回、紹介出来ますかね。

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